校長室から『置かれた場所で咲きなさい~今年度2度目の避難帰国~』

 子ども達が待つテヘランに派遣教員が戻ったのは12月でした。それから1カ月半、派遣教員は再び日本への避難帰国を余儀なくされました。危険情報が高くなった背景には、イラン国内で発生した大規模なデモがありました。市民、治安部隊の双方に多くの犠牲者が出る事態となり、その様子は日本でも報道されていました。

ただ、デモが私たち日本人に直接大きな影響を与えていたかというと、必ずしもそうではありません。デモは、時間や場所が分からなければ広がりにくいため、首謀者側から事前に情報が発信されることが多いとされています。そのため、該当する時間帯や地域に近づかなければ遭遇することは少なく、大きな声や異変を感じた方向へ近づかないこと、デモが発生しやすい時間帯の外出を控えることによって、一定程度の回避は可能でした。だからこそ、大使館からの注意喚起や国内メディアの情報を丁寧に収集することが欠かせませんでした。

一方で、日本国内のクマ被害は時間帯も場所も予測が難しく、むしろその方が心配になるほどです。(もちろん、状況は異なりますが、危険の性質として比較するとそう感じました。)

しかし、アメリカの動きやリーダーの発言は、デモとは比べ物にならないほど大きな危険をはらんでいます。いつ、どこで戦争状態になってもおかしくない緊張があり、事前に確かな情報が出るとは限りません。実際、6月には突如として戦争状態となり、時間帯も場所も全く想定できませんでした。命の危険は格段に高まり、避難帰国はやむを得ない判断となりました。そして、派遣教員は15日に、子ども達は18日に帰国することとなりました。

「置かれた場所で咲くしかない」。子ども達にも先生たちにも、何度この言葉を伝えてきたことでしょう。私は赴任期間を通して4度目の退避ですから、「またか」と思いつつも、今回もまた置かれた場所で咲くしかない、と受け止めています。子ども達は、国内の帰省先の学校に籍を置き登校している子もいれば、本校のオンライン授業を受け続けている子もいます。日本では様々な学び方が認められる時代となり、こうした緊急事態においても、複数の学びの選択肢を持てるようになってきました。登校している子ども達は、「イランに行ってきます!」と友達に別れを告げたものの、今回のような緊急帰国ですから、複雑な思いを抱えながらの再会となっていることでしょう。一方、危険レベルが早く下がることを期待してオンライン授業を続けている子ども達は、近所に同級生がいる中で家に残り学ぶことになり、これもまた複雑な気持ちを抱えているに違いありません。

我々大人が想像する以上に、子ども達は様々な思いを抱えています。そんな気持ちを思い浮かべながらも、私たちは結局、「置かれた場所で咲きなさい」と伝えるしかありません。変えられない現実、見通しの立たない未来だからこそ、日々、自分にできること、頑張れることに一つずつ取り組んでいくしかないのです。

ただし、「置かれた場所で咲く」とは、我慢を強いる言葉ではありません。苦しさや不安を抱えたまま無理に笑うことでもありません。つらい時にはつらいと言ってよいし、助けを求めてよいのです。大人である私たちが、その声を受け止め、支える責任があります。子ども達が今いる場所で、自分らしく学び、生活できるよう、学校としてできることを最大限続けていきます。そして、いつかまたテヘランの校舎で笑顔がそろう日を信じ、私たちも一日一日を積み重ねていきたいと思います。

 

テヘラン日本人学校で学ぶ子ども達へ

かならず、てへらんであえるひがやってきます。そのひまで、じぶんができることをせいいっぱいしていきましょう。おうちのかたも、せんせいたちも、あなたをいつでもおうえんしています。

校長室から『置かれた場所で咲きなさい~今年度2度目の避難帰国~』

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