『テヘラン日本人学校は、今も休まず、動いています』

令和8年度も1か月が過ぎました。日本国内、そして在外教育施設の各校では、心機一転、新しい職員とともにフレッシュなスタートを切られたことと思います。残念ながら、湾岸諸国の日本人学校は、2月末のアメリカ・イスラエル・イラン間の戦争により、退避を余儀なくされ、難しい状況で新年度を迎えることとなりました。戦争当事国でもある当地のテヘラン日本人学校は、児童生徒が全員日本へ避難し、それぞれ帰省先の学校へ編入しました。さらに、派遣教員も全員が他校への転出もしくは退職となり、現在、学校には現地スタッフ以外、誰もいない状態となっています。いわゆる“休校状態”です。戦争はいつも、子どもたちのような守られるべき存在を苦しめますが、今回の事態も例外ではありませんでした。

しかし、困難に遭遇した時、下を向くことは誰にでもできます。一方で、簡単ではありませんが、自分たちにできる範囲で何かを変えようと、上を向いて行動することもできます。だからこそ、どちらを選ぶのかが問われます。教育者であれば、選ぶべきは後者でなければなりません。

先日、新聞の取材で、私は「学校経営のバトンを渡す相手がいなくなった。誰かに拾ってほしい」と話しました。日本へ持ち帰ることになった学校のバトンを、誰が、どのような形で受け継ぐのか。私は何度も自問し続けました。57年続いてきたテヘラン日本人学校は、長年、繋がれてきた日本とイランとの友好の証でもあります。たとえ戦争が起こったからといって、簡単に失ってはなりません。

現在、前校長である私が“学校再開準備室アドバイザー”を拝命し、現地との連絡を取り、学校の状況、スタッフの管理、学校予算の執行などを行っております。現地スタッフは、皆元気にしており、子どもたちがいつでも戻って来られるよう、校舎の清掃・修繕をしております。また、派遣教員が残していった荷物整理もしてくれました。こうしたスタッフの動きを見ておりますと、「学校のバトンは誰が引き継ぐのか」と考えていましたが、今は現地スタッフがそのバトンを持っているように思います。今後、本格的な再開ができた時、そのバトンは新しく赴任した派遣教員が受け取ることになりますが、それまでの間、学校を維持してくれているのは現地スタッフです。彼らは、まさに今の学校を支える重要な存在と言えます。

一方、私たちは令和9年度の本格再開(派遣教員の着任)を目指すとともに、令和8年度中に子どもたちが戻ってこれた場合、派遣教員がいなくてもどんな教育環境が提供できるのかを検討しています。たとえ毎日通ってくることはできなくても、放課後に子どもたちが集ったり、日本の教育を週に何時間でも受けられたりする場が必要です。学校の機能は、学習だけでなく、地域の精神的な支柱でもありますから、象徴的な意味においても、存在として維持し続けなくてはなりません。そのために、テヘラン日本人学校の学校運営委員会では、協議と準備を進めていきます。

テヘラン日本人学校は、今も休まず、動いています。

※校長をはじめ派遣教員が不在となり、このブログもどうするか迷いましたが、一日も早い平和と学校の再開を望んでおられる方に向けて、不定期ながら書くことにいたします。

 

テヘラン日本人学校で学んでいた子ども達へ
あたらしい1ねんがはじまりました。しばらくは、てへらんにほんじんがっこうのことをわすれてもいいので、いまいるばしょで、できることをせいいっぱいがんばりましょう。がっこうは、こうげきをうけず、こわれてもいません。だから、あんしんしてください。

再開準備室から『テヘラン日本人学校は、今も休まず、動いています』

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